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徒然散歩

経済や数学など自分の興味ある分野について書いています。

マジ経83  バブル

 1985年9月のプラザ合意を契機に日本経済はそれまでの輸出主導から内需拡大へ大きく路線を変更した。円・ドルレートは85年初の250円台/$から87年初の150円台/$まで劇的に値上りした。国内の金融政策は大幅な金融緩和へと舵を切られ、公定歩合は85年初の5%台から87年初の2%台まで引き下げられた。その相乗効果は絶大で、1990年まで未曾有の好景気をもたらした。この時期、土地・住宅など不動産への需要が急拡大し、価格が急上昇していった。当初これがバブルの始まりであることは認識されていなかった。
 バブルの対象となっている有価値の価格が手に負えないほど高くなったとき渦状の貨幣の流入は停止し、やがて逆流を始める。バブルが破裂した後には、渦中の業界に大量の回収不能な債券が残される。残された不良債券の山は腫れ物を切除して膿を出すようにさっさと処理するよりない。債務者の速やかな債務処理と債権者の速やかな不良債券処理(債権放棄を含む)が実体経済の正常化を早めるだろう。貨幣は生産と消費のスムーズな流れをサポートする媒体にすぎないから、バブルで流失した貨幣が実体経済の流れを阻害し、その流れを正常に戻すのに貨幣の注入が必要なら、財政当局主導の下で速やかに行われるのは当然だろう。過度の金融緩和はこのバブル発生の危険性を高めるからその兆候には注意が必要だ。

  <トレニア> トレニアは語らいあっている様子

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